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ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団
エルガー:ヴァイオリン協奏曲/ヴォーン・ウィリアムス「あげひばり」

Hilary Hahn
Elgar: Violin Concerto;
Vaughan Williams: The Lark Ascending

録音2003年、ロンドン
輸入盤、ユニバーサル

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SACDレイヤーは、マルチチャンネル、ステレオとも96kHz/24bt。CDレイーヤーは44.1kHz/16bit。

角の丸いプラケース。

ブックレットの最初のページには、ハーンのこの協奏曲にたいする思いが詩のように書かれている。「このアルバムに刻まれた精神は、その昔/音楽が言葉によって静かに高められ/……」(輸入盤ゆえ実際は英語です。対訳で読みたい方は国内盤をお求めください)。

マイケル・スタインバーグのライナー (こちらも英語)。

ブックレットにはハーンの魅力的な写真数点。ジャケット写真候補だったのかもしれない。

ヒラリー・ハーンのグラモフォン移籍第2弾はエルガー

 エルガーのヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーに請われるかたちで作曲され1910年に完成。エルガー自身の指揮、フリッツ・クライスラーのヴァイオリンでロンドンで初演されました。
 このヴァイオリン協奏曲は50分もある長大な曲です。ロマン派の流れを含む最後の協奏曲だと思います。
 ヴァイオリン協奏曲としては、ブラームスのそれが一番シブいかと思っていましたが、エルガーの協奏曲はさらにシブいです。
 同じシブさでもブラームスがロマンチックな衣装をまとっていたとすれば、エルガーは質素そのもの、まるで日本の茶室のような内省的な協奏曲です。
 でも枯れているわけでは決してありません。内側に爆発するほどの思いを秘めています。その“あや”が強烈にこちらに訴えかけてきます。

ヴィブラートを押さえたハーンのヴァイオリンはいぶし銀のよう

 第1楽章冒頭のオーケストラによる導入。その和音を解決するようにあらわれるヴァイオリンの調べ。
 ヒラリー・ハーンのヴァイオリンは、曲にあわせたのか、全編にわたってヴィブラートをすごく控えめにしていると思います。
 長い息のメロディーも、恐ろしく早く、激情したパッセージも、徹底して、いぶし銀のような音。あえて色艶を出さないヴァイオリン、これがたまりません。これはすごいと思います。

 第2楽章は瞑想的な楽章。深い。
 たとえばマーラーの交響曲第5番「アダージョ」からコマーシャルなところを全部はぎ取ったような無垢な瞑想、でしょうか。
 この楽章のハーンのヴァイオリンは祈りのようでもあるし、東洋的な感じもする。感情を超えた何かが深く訴えかけます。こんな曲を書いたエルガーもすごいと思います。

 対して第3楽章は、強烈な楽章。寄り添うように伴奏をつけるオーケストラも小気味よい。
 すさまじいフレーズも、ハーンはいぶし銀のヴァイオリンで弾いていきますが、その音は爆発寸前の感情をあえて表層の一枚下に溜め込んだ感じ。強い意志をヒシヒシと感じます。ここでヴァイオリンのカデンツァも初めて出てきます。
 コーダはロマンチックな盛り上がり(ああ、いい!)を織り交ぜて終了。
 エルガーのヴァイオリン協奏曲は、有名な三大ヴァイオリン協奏曲にくらべると難解に思えますが、聴き込むと傑作だと気づかされます。懐の深さでは三大協奏曲以上あるかもしれません。

 同時収録のヴォーン・ウィリアムスの「あげひばり」 もいいんですよね。イギリスの田園風景(それも夜明け)が浮かんでくるような繊細な曲。導入のヴァイオリンの音色と調べは聴いた事がありません。
 ここでもハーンのヴァイオリンは叙事詩を語るような「いぶし銀風」。それでいて内面の感情が見事に染み出ている絶妙なさじ加減。それを僕らはすくって味わうという感じです。エルガーとのカップリングは抜群だと思います。

日本茶室のような質素なマルチは曲にマッチ

 録音はロンドンのアビイ・ロード・スタジオでおこなわれました。参加したロンドン交響楽団とともにエルガーと関係の深いスタジオですね。
 SACDはマルチチャンネルで聴きました。
 一般的にマルチチャンネルでは、オーケストラは雄大に広がるものですが、このマルチはスピーカー間の距離に収まるくらいです。加えて、リアにまわる残響感もほとんどなく、まるで2chステレオを再生しているような気がします。マルチも日本茶室のような質素なものです。
 普通ならすこし物足りないのところですが、質素で内省的なこの協奏曲と、ハーンのいぶし銀のようなヴァイオリンを聴くには、これくらいのマルチチャンネルのほうがいいと思います。
 オーケストラは大きなかたまりとなって、ハーンの後ろで鳴る感じです。でもよく聴くと、まるでキャンバスの絵ように、綺麗な残響がその中に描かれているのが分かりました。やっぱりマルチ、と思う瞬間です。
 現在ユニバーサルはSACDのリリースをとめてしまっていますが、このディスクをSACDで残してくれたのは幸運だったと思います。

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2009.12.8