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サー・コリン・デイビス指揮ロンドン交響楽団
ティペット:オラトリオ〈われらの時代の子〉(A Child of Our Time)

ディスク
Tippett
A Chiled of Our Time

Sir Colin Davis
London Symphony Orchestra


録音2007年、ロンドン、ライヴ
輸入盤、LSO Live
SACDハイブリッド

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普通のプラケースにブックレット。紙箱入り。
ブックレットには英仏独の解説。英語の全曲歌詞。

アルトは日本人の藤村美保子さん。

ティペットが、ユダヤ系青年の外交官暗殺事件をもとに作曲

 ティペット(1905-1998)はイギリスの作曲家。オラトリオ〈われらの時代の子〉は、その代表作です。
 作曲のきっかけは、1938年、パリでヘルシェル・グリュンシュパンという青年がナチスの外交官を射殺した事件でした。
 これは、10代のユダヤ系ポーランド人青年、ヘルシェルがポーランド国境でのユダヤ人の惨状を訴えるために、パリのドイツ大使館でドイツ人外交官を射殺し逮捕された事件です。これをうけて、のちに「水晶の夜」と呼ばれる反ユダヤ主義の暴動が勃発します(ここから、ホロコーストへとエスカレートしていくことになります)。
 ティペットはこの事件に衝撃をうけ、作曲を思い立ちました。テキストも自分で書き、1939年から2年間かけて作曲を終えました。初演は1944年。作曲、初演とも第二次世界大戦中の暗雲の下でおこなわれたわけです。

バッハ〈マタイ受難曲〉にならった構成

 オラトリオは、コーラスにソプラノ、アルト、テノールというソロ。そしてバスが「語り手」となります。
 この「語り手」は、〈マタイ受難曲〉の「福音史家」と同じ役割です。実際、バスのときの音楽は、マタイのように叙事詩的な音楽になります。
 〈われらの時代の子〉は3部で構成されています。
 第1部は「世界は暗闇のもとにおかれる。冬である」と歌われ、不安な時代の到来を告げるコーラスではじまります。押しつぶされるような悲しみの響き。
 第2部は、我が息子を失った母親の手紙と、復習に燃える少年。そして刑務所に送られての懺悔。
 第3部は冬の寒さのなかに、暖かさの種が育ち、人類への希望が歌われます。

沈鬱な世界と、黒人霊歌の融合

 オラトリオ〈われらの時代の子〉の最大の特徴であり効果的なところは、各事件の終りに〈マタイ〉のコラールにならって黒人霊歌が歌われるところでしょう。合唱と各ソロがアメリカの黒人霊歌をうたってシーンを閉めくくります。
 ヨーロッパ西洋音楽の、沈鬱な短調の響きから、すうっと黒人霊歌に移動するところは聴き所です。アメリカ音楽、それも奴隷を嘆く歌が、なぜか雲間から刺す日の光のように思え「希望と慰め、そしてもちろん哀しみ」をもらえるのです。
 この黒人霊歌は全部で4カ所で挿入されていますが、そこで聴く者に一服の休養を与える効果もあります。
 ラストを締めくくるのは「深い川」(Deep river)という最も有名な黒人霊歌。「私の家はヨルダン川のむこうにある」と歌われるメロディーはおだやかで子守唄のような、祈りのような曲で、静かに終曲を迎えます。その旋律には、確かに「明日への希望」が感じられるのでした。

マルチチャンネルの快適なサラウンドに、当時の世界は

 マルチチャンネルで聴きました。
 コンサートホールのような空間が広がりますが、ほとんど「ホール感」を強調していない「自然な三次元空間」といった感じです。もちろん前方にオーケストラと合唱、ソリストが豊かに広がります。
 でも、このオラトリオの作曲された時代、初演された時代に心をはせてしまうと、このサラウンドは快適すぎて、ふと「こんな聴き方でいいのかな?」と自問してしまいました。温室のようなオーディオルームに〈当時の世界〉は再現されたのか、と。
 まあそれはとにかく、コリン・デイビスが伝え、演奏する〈われらの時代の子〉、それをしっかりと聴き込んでみました。トータル63分59秒、意外と早く終わってしまいます。

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コリン・デイビス&ロンドン交響楽団のLSO Live SACD
Messiah (Hybr)
ヘンデルの「メサイア」。2枚組。
L'Enfance Du Christ (Hybr)
ベルリオーズ「キリストの幼時」、New York Times Best CDs of the Year
2010.7.7