サンタナ『不死蝶 ーSA-CDマルチ・ハイブリッド・エディションー』74年作品『不死蝶』の初SACD化、当時日本で未発売だったQuadraphonic(4チャンネル)も初登場
2024年11月19日
1974年サンタナが日本での人気のピーク時にリリースした『不死蝶』
ロックの高音質盤として人気のシリーズ〈ーSA-CDマルチ・ハイブリッド・エディションー〉にとうとうサンタナの『不死蝶』が登場した。同シリーズではサンタナのファーストから当時のQuadraphonic(日本では「4チャンネル」という名称だった)音源を収録したSACDハイブリッドとして復刻してきた。
アルバムのリリース順にサンタナのアルバムが復刻されてきたわけだが、今回発売された74年作品『不死蝶』は当時日本では4チャンネルで発売されなかったので、日本のファンには発売50年にして(半世紀!)初の4チャンネル音源を聴くことになる。
同シリーズでは、Quadraphonic収録のマルチチャンネル以外でも、2chのSACD層、CD層、さらに当時のライナーなど豊富な付属品が特徴だが、それらは別のサイトでチェックしてもらうことにして、このレビューではマルチ層でのQuadraphonicでのリスニングの感想をお届けしたい。
ただ、その前に当時の日本での4チャンネル事情から始めたいので文章が長めです。よろしくお付き合いを。
SACDで7インチにして復刻。当時日本のファンは見ることがなかったQuadraphonicのマーク入り米盤のジャケット。オリジナルの米Quadraphonic盤はたまに中古レコードで見かける。
1974年。4チャンネル・ブーム終焉の中での『不死蝶』発売
筆者の実感を率直に書くと、「不死蝶』が発売された1974年の時点で、日本での4チャンネル・ブームは去っていたと思う(ブームと呼べるほど普及していたとも思えない)。だから日本で『不死蝶』の4チャンネル(Quadraphonic)盤が発売されなかったのはわかる。
かわりにこの頃から空前の(2chの)オーディオブームが始まる。
2ch録音は円熟を迎える。カセット・デッキの普及にともなうエアチェック・ブームもあった。年配のオーディオファンは2トラ・サンパチとカセットの二刀流も珍しくなかった。
ソフト面でも音楽界は活況で、ステレオの新譜だけでお小遣いは限界だった。
当時4チャンネル・ステレオを持っていた筆者が買ったSQ4チャンネルレコードは、結局サンタナ『キャラバンサライ』『ロータスの伝説』、マイルス・デイビス『ビッチェズ・ブリュー』の3枚だった(『明日に架ける橋』も4チャンネルで買ったような記憶があるがはっきりしない)。
しかし海外では事情が違ったようで、Quadraphonic盤はその後もリリースされていた。この『不死蝶』もそうだ。もし当時日本で『不死蝶』のSQ4チャンネル盤が発売されていたら、筆者は間違いなく買っていただろうから、日本で発売されなかったのはかえすがえすも残念だ。
サンタナのラテン回帰、フュージョン色もある『不死蝶』
というのも普通のステレオの『不死蝶』のレコードを筆者はとても気に入りよく聴いたからだ。
サンタナのアルバムは初期から好きで、それぞれに良さがあったが、『不死蝶』はジョン・マクラフリンとの出会いから始まった精神性が薄れ、再びラテン・サウンドに回避したアルバムだった。
と言ってもデビュー時のワイルドなラテンではなく、透明感のあるラテン。フュージョンぽいとも言えるだろう。
メンバーは新サンタナ・バンド。ただ脱退したダグ・ローチ、マイク・シュリーヴらも参加した録音が含まれている。初期サンタナ・ファンも心情的には聴けると思う。
他にスタン・クラーク(ベース)、フローラ・プリム(ヴォーカル、パーカッション)など、当時ロック好きにも名が知れていたチック・コリア周辺のミュージシャンが参加。
まずカルロス・サンタナの泣きのギターは随所で聴ける。本当はデビュー時のように弾きまくってほしいが、キメるところではキメるし、バンドの演奏がいいので満足。何よりカルロスのギターはアルバムのクライマックスの「漁夫の契」で思いきり堪能できる。
ヴォーカル曲もあるが、前作『ウェルカム』のヴォーカル曲と違ってアルバム全体の一部として溶け込んでいる。それはインスト曲にも言えて、つまるところ冒頭と終曲を同じ雰囲気でまとめ、どこかトータルアルバムぽく聴かせるアルバムになっている。
トータル感なら『キャラバンサライ』も感じるが『キャラバンサライ』は前半と後半でちょっとバランスが違う。全体を通して聴いてカタルシス感が来るのは『不死蝶』だと思う。
早い話、当時のプログレ大好きの筆者の好みでもあったアルバムだ。演奏、アルバム構成を考えると「『不死蝶』の4チャンネルはきっといいに違いない」という思いは、Quadraphonic盤の存在を知った時からずっと持っていた。
50年前に買った国内盤レコードとSACDを並べて。ジャケットの感じ、帯まで復元してある。
やはりQuadraphonicがいい『不死蝶』
そして発売50年を経て、今回ようやくその4チャンネル(Quadraphonic)音源を聴くことができた(以後はQuadraphonicと書くことにする)。
聴いてみると冒頭のアイアート・モレイラ、フローラ・プリム夫妻によるパーカッションの「春の訪れ」でいきなりサラウンド感に包まれる。早くも、このアルバムのサラウンドは良さそうだ、と期待が起こる。
実際、最後まで聴いてみると、自然なサラウンドで聴きやすかった。当時のQuadraphonicにありがちな、苦労した楽器配置は感じられなかった。ピンク・フロイド『狂気』のような、ドラマティックな音場というより、観葉植物に囲まれたジャングルにいるようなサラウンドといった感じか。
Quadraphonicでも『不死蝶』のクライマックスとカタルシスは11曲目、8分あまりに及ぶ「漁夫の契」だった。四方から囲むブラジリアン・ビート。オルガンのインプロヴィゼーションがうねり、カルロス・サンタナの『ロータスの伝説』を思わせる白熱のギター。この曲にはスタンリー・クラーク、アイアート・モレイラが参加しているそうで、ニュー・サンタナ・バンド&リターン・トゥ・フォーエヴァーといった感もある(各曲の解説もライナーノートに載っている)。
筆者はこのSACDを手に入れてからはQuadraphonicばかり聴いている。リスナーのサラウンド環境にもよるから一概には言えないが、筆者には2chリスニングから4chリスニングに移行して不自然さを感じない。
発表から50年たって『不死蝶』のQuadraphonicが聴けてよかった。仮に当時Quadraphonic盤が日本で発売され、筆者が愛用していた家具調4チャンネル・ステレオで聴いたとしても、現在のような音場で聴けたかは疑問だ。当時はリアスピーカーは小さいし。大きな音を出せば親に怒られたし。
そう考えるとDSDマスタリングによる基本的な音質の向上も大きいと思う。サラウンド再生が格段に向上した現在、SACDのマルチチャンネルでこそ楽しめるサラウンドかもしれない。
サンタナ『不死蝶ーSA-CDマルチ・ハイブリッド・エディションー』
SACDハイブリッド
発売日:2024年11月
- 収録曲
- Spring Manifestations (Sound Effects) / 春の訪れ
- Canto de los Flores / 花の歌
- Life Is Anew / 新たなる旅立ち
- Give and Take / 果てしなき世界
- One with the Sun / 太陽のもとへ
- Aspirations / 熱望
- Practice What You Preach / 君の教え
- Mirage / はかない夢
- Here and Now / ヒア・アンド・ナウ
- Flor de Canela / シナモンの花
- Promise of a Fisherman / 漁夫の契
- Borboletta / 不死蝶