思想家丸山真男は、フルトヴェングラーの戦時中のライヴを、「緊張感のある演奏」と高く評価していた。一方、戦後のLP(スタジオ録音)は「ゆですぎたうどん」とさえ言い切っている。
そのフルトヴェングラーの戦時中ライヴがスーパーオーディオCDで発売された。音源は旧ソ連のメロディアのオリジナル・レコードからの復刻である。
戦時下のフルトヴェングラー
第二次大戦中、フルトヴェングラーとベルリン・フィルの演奏は、ナチスによりラジオ放送用に録音されていた。録音に使われたのは当時最先端のマグネトフォン磁気テープで、60デシベルで20分録音できる画期的なものだったらしい。
これらのオリジナル・テープは、ドイツを占領した旧ソ連軍によって、機材ともどもソ連に持っていかれてしまった。それをもとにソ連国内でLPにしていたのがメロディアである。
噂だけであったフルトヴェングラーの戦時中の録音があると、西側にも伝わると、イギリスのユニコーンがそれらをLPにした。それから現在まで、いろいろなレーベルからフルトヴェングラーの演奏が発掘され発売されている。
オリジナルのメロディアのLPから復刻
さて、このSACDは、そのオリジナル・メロディアのLPから直接音を録り、SACD/CDハイブリッドにしてある。いわば「盤起こし」である。1942年録音ゆえ、本家のオリジナル・テープは劣化でボロボロだろうと思われる。なので当時の雰囲気を一番伝えているのがメロディアのLPと言われている。
LPから起こしたのなら、まず音質が気になるところだが、フルトヴェングラーの録音として、クオリティは十分なのでご心配なく。
ヒスノイズや針音は、すごく微細で、これが気になる人はまずいないだろう。針音など、わたしのもっている70年代のレコードのほうが、よほど「ブチブチ」である。
なので弱音もよく聴きとれる。ゴソゴソとステージ上の物音さえ聴き取れるほどだ。古いレコードであろうのに、よほど状態の良い盤から起こしたのだろうか。
この音源はCD化されていると思うが、わたしは持っていないので、フルトヴェングラーの有名なバイロイトの第九のCD(ARTリマスター盤)と比べてみた。SACDは42年、バイロイトは51年の録音である。録音時代や環境がちがうため、両者比較はフェアでないが参考までに。
オーディオ的に聴いた第一印象は、ほとんど同じ感じ。モノラルで「ああ、古い録音だなあ」と思うが、すぐに慣れて、演奏に引き込まれる。 バイロイトのほうがさすがに音のヌケがいいが、SACDのほうは、音にぶ厚さと暖かみを感じる。メロディアのLPの味がSACDでうまくでているのだろう。 とはいっても、本ディスクを聴いて「LPを聴かされているな」とは感じない。純粋にフルトヴェングラーの録音を聴いている感じである。
ティンパニも迫力あるし、第四楽章の歌手の声は良く伸びているほうだと思う。さすがにフィナーレの合唱のテュッティはモコモコになるが、それはしかたのないことだろう。
戦時中のライヴ演奏の緊張感
気楽にライヴ録音と書いたけど、戦時中である。ナチスの宣伝材料として、あやつられたようなフルトヴェングラー。自分たちの運命もどうなるかわからないベルリン・フィル。ベートーヴェンの音楽は、そんな状況でも、あたたかく、やさしく響くのである(第三楽章)。
音楽がどんな状況でも美しいのは、まいってしまう。歌手達の肉声に、観客の咳の音に、「当時はどうだったのだろう?」と、いろいろ考えさせられる。
この演奏を聴いた後は、他のディスクを聴くのをやめとこう、と思うのである。ハイファイではない。しかし耳をかたむけてしまう演奏であります。このシリーズは他にもあり、それも聴いてみたいものだ。
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2005.2.17
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