思い込みをくつがえす、すばらしい演奏
おやじクラシックファンの哀しい性でしょうか、綺麗な日本女性演奏家のジャケットを見ると、つい「パステルカラーのムード・クラシック?」と決めつけてしまうところがあります。
この『リサイタル!』も最初そうでしたが、演奏を聴いてみると思いもよらぬ素晴らしさで、我が偏見を恥じたのでした。
まずは、ヴァイオリン編曲された2曲集
川久保賜紀(たまき)はアメリカ生まれの日本人。2002年チャイコフスキー国際コンクールで1位なしの2位を受賞。他にも多くの賞に輝き、海外で活躍しているヴァイオリニストです。
このアルバムは川久保自身の選曲。
最初はハイフィッツ編曲のガーシュイン〈ボギーとベスより〉4曲。 このヴァイオリンを聴いてびっくりしました。ジャズのテイストはもちろん、音色がザラついている。どこか不良ぽく、このねちっこさこそ「ボギーとベス」の世界でしょう。
つぎはショスタコーヴィチ。ツィガーノフがピアノ曲〈24のプレリュード〉をヴァイオリンに編曲したものを4曲。ショスタコーヴィチ特有の「透明なグロテスクさ?」もただよう演奏です。うってかわって古典調な演奏に聴き惚れました。
緊張感とカンタービレのコンサートピース
そのあとは、サン=サーンス、サラサーテ、チャイコフスキーの有名コンサートピース。いずれも小品とあなどれない。聴きごたえがあり、ガーシュインやショスタコーヴィチ4曲分に匹敵する重みがあります。
これらを川久保は、緊張感のなかカンタービレで弾き続けるのですから、圧倒されぱなしでした。1曲終わるたびにため息が出て、アルバムタイトルどおり「リサイタル」の雰囲気です。ピアノのイタマール・ゴランも、伴奏というより、川久保とのコラボレーションのような演奏で存在感があると思います。
クライマックスはショーソン「誌曲」でしょう。メランコリックな導入部のヴァイオリンの音色を聴くと、冒頭のガーシュインの世界から、とっくに遠くへ連れていかれているのに気づくのでした。
最終トラックのドビュッシー「月の光」はアンコールということになるでしょうか。SACDの全曲が終わったときの心地よい緊迫感は、本当にライヴのそれで、スタジオ録音だから当然としても、演奏後に拍手が流れないのが、なぜか不思議なくらい。
聴き終わったとき、パステルカラーのジャケット写真が、グラモフォン・レーベルのような重みになっていたのでした。
同じ空間で聴きいっているようなサラウンド
音はヴァイオリン、ピアノとも濃密です。サラウンドはコンサートホール再現というより、普通の演奏空間を生み出すようなサラウンド。川久保賜紀のヴァイオリンを、同じ空間で聴いているような、親密感のあるサラウンドでした。
制作をした、ベルリンのテルデックス・スタジオのトップ・プロデューサーFriedemann Engelbrechtと、エンジニアToblas Lehmannのコンビは有名なようです(DSDオーサリングは日本人)。
緊張感を楽しみながら、通して聴くにはちょうど良い収録時間、曲構成のSACDだと思います。
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川久保賜紀のSACD
 2010.7.20
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