名曲『マタイ受難曲』、飛び上がった導入の合唱
バッハの代表的宗教曲『マタイ受難曲』のSACDです。
LP時代にはリヒターの名盤がありました。つづくガーディナーやレオンハルト(これもSACD化されています)ら古楽器の名盤もありました。SACD時代の『マタイ受難曲』は、どんなでしょうか?
2007年録音の本作も古楽器による演奏です。
導入部が始まるや、シャープで金属的な古楽器の音色。ヌケのいい空間。まあこれは予想どおりです。
しかし合唱が歌い始めるや、飛び上がってしまいました。
哀しみをたたえ、朗々と鳴り響くはずの合唱のかわりに、かなりムキになって数人が歌い出してきたのです。生々しい肉声、ここにあり、といったふう。
そう、合唱の人数が恐ろしく少ないのです。
『マタイ受難曲』の編成は、2組のオケと、2組の合唱です。
しかし、この演奏では、1組の合唱の人数が、なんと4人! 各パートひとりであります。ソリスト以外は、全部で8名。福音史家とイエス役の歌手も、合唱に加わっています。
今まで聴き慣れてきた『マタイ受難曲』の合唱とは、ぜんぜん印象がちがいます。合唱というより「4人のソリストが同時に歌っている」という感じ。
ですから、最大公約的なかたまりになる大人数の合唱とは、性質がちがうわけです。最初「ムキになって歌っている」と思ってしまったのは、そのせいでしょう。各声部がソロとして聞こえてきたわけで、ダイレクトに歌い手の感情が伝わってきたのでしょう。
バッハは、合唱作を各パートひとりで演奏した!?
「合唱の各パートひとり」というのはバッハ研究家のジョシュア・リフキンが発表した研究です。「バッハは当時、『マタイ受難曲』のみならず合唱作品を、ほとんど各パートひとりで演奏していたらしい」という説です。
その説をどうとるかは、個人の自由ですが、このSACDを聴くと、けっこううなずけます。
最初違和感があった各パートひとり(2組で8人)という合唱も、聴き続けていくと親近感がわきます。
少人数といえども、ユニゾンでは厚みがあります。群衆をあらわす合唱も、迫力では大合唱に劣りません。バッハもキチンと合唱を支えるようにアレンジをしているのが分かります。
逆に対位法で歌われるときは、最初に書いたように肉声が生々しく出ますから、聴きごたえがあります。
どちらにしても、合唱が「音響」というより「人声」と感じられるところが少人数の味わいだと思いました。「合唱って言葉を歌っていたんだなあ」と今さらながら気づかされました。
今までの古楽器演奏とちがう、少人数の合唱、オケによる「マタイ」
合唱とおなじようにオケも少人数です。
1組の弦編成は2-2-1-1-1。それにヴィオラ・ダ・ガンバ、管楽器。あとオケ1にオルガン、オケ2にハープシコードという編成。言うまでもなく室内楽的な響きです(全体では室内オケくらいか?)。
でも曲の深みは、少しも薄味になっていません。『マタイ受難曲』は聴きどころばかりですが、その中でも有名なアリア「憐れみ給え、わが神よ」の美しさには、ハッとさせられました。
同じ古楽器のレオンハルト指揮の『マタイ受難曲』も持っていますが(CDですけど)、このバット指揮の『マタイ受難曲』のほうがかなり印象的。古楽器を聴き慣れた人にも新鮮だと思います。
そのバット自身による英文ライナーがブックレットに載っています。楽器スコア、ヴォーカルスコア、ライプツィッヒの演奏について解説しています。
筆者が買い求めた輸入盤には、輸入元がつけた日本語帯が付いていて、そこには《1742年頃バッハ最終演奏版》と日本語でクレジットされていますが、バットの解説にそれが書いてあるのでしょうか。英語力がないので内容を紹介できないのが残念ですが、なんでもバッハ自身の改訂で、1742年頃に演奏されたバージョンらしい。
マルチチャンネルは宗教曲にふさわしい残響の豊かな音。LYNNレーベルに恥じない文句なしの録音です。
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2009.2.26
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